関西への往復の車

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:00 関西への往復の車中、『ニュルンベルク・インタビュー』の上巻と『ローマ教皇とナチス』を読む。





以前にも書いたが、私のナチスに対する漠然とした関心の嚆矢は、幼稚園にさかのぼる。



ミリタリーマニアの親戚の家に遊びに行った際、従兄弟が得意げな顔でドイツ国防軍、SSの制服、MP40を身に付けて披露して見せたのだが、その姿に頭をひどくどやされた気分になった。



彼は大日本帝国陸軍の軍服や三八式歩兵銃も持っていたが、5歳児でもわかるくらい、そのデザインにおいて埋められない圧倒的な距離を感じた。



そのときの感慨を言葉にすると、「人殺しを目的としている軍の制服がこのような美を感じさせるとは、不条理じゃないか」というもので、機能と効率に徹するはずの代物であるにもかかわらず、このように凝ったデザインをすることに、偏執的な何かを幼心に感じ取ったのは確かで、これはどう疑っても大人になってからの捏造された記憶ではない。



「美」といっても、それは手放しで賞賛できるようなものでもなく、陰惨かつ禍々、目を背けたくなる。しかし凝視してしまう何かを感じた。



その後、大日本帝国の精神構造のほうに多くの関心を向けてしまい(帝国の残滓とどう対峙するかを考えるほうが現実的だった)、ナチに対する探求心は時折顔をのぞかせても、それにかかりきることはなかった。



それがルドルス・コルドンを読みはじめてからフツフツとナチへの関心が再燃している。



ところで、『ニュルンベルク・インタビュー』を読むにあたっては、

ゲーリングをはじめ、ナチの戦犯らの話を「凡庸さ」や「超越への衝迫」といった物わかりのいい概念に変換しないよう注意していたのだが、

彼らの「命じられたことを実行したまで」「ユダヤ人の大量虐殺など日常の業務の多忙さから知るよしもなかった」という弁明を読むにつけ、むしろボルヘスの『ドイツ・レクイエム』が言うところの



<より高次の目的のため、われわれは個人であってはならない>



が浮かび上がってきて仕方ない。



そういったナチの(悪魔的な)哲学の神髄ともいえるものを、自覚的に語っているものはいない。



にもかかわらず、彼らをしてそうあらしめた、あの時代に伏流していた動機、見えざる意志、目的を感じてしまう。ボルヘスがこう書いたようなものを。



<新しい秩序を樹立するためには多くのものが破壊されなければならないだろう。いまやわれわれは、ドイツがその破壊さるべきものの一つであることを知っている。

 われわれは、われわれの生命以上のものを手放してしまった。われわれの愛する祖国の運命を手放してしまった。

 他人は呪うがいい。泣くがいい。われわれの運命が円環を閉じ、完結したことを、わたしは喜んでいる。

 いまや、世界の上に鎮められない怨讐をはらんだ時代がやってこようとしている。それはわれわれが鍛え上げたものだ。すでにその犠牲となっているこのわれわれが。イギリスが鉄槌であり、われわれが鉄床であるとしても、それは問題ではない。

 問題なのは、世界に君臨するのが暴力であって、奴隷的な小心翼々たるキリスト教ではないということだ。

 勝利と不正と幸福がドイツに無縁のものであるならば、それらを他の国民に与えよ。たとえいまわれわれのいるところが地獄であろうとも、天国は存在せしめよ>





こうした神学めいた神学の教義によって、ホロコーストが肯定されるべくもないのは当然すぎるほどだが、目にでき、手で触れられる現実よりも観念の飲み込んだ現実のほうが現実的だといわんばかりのナチの呪いじみた世界観は、人道主義や博愛主義ではとうてい太刀打ちできない気がしてならない。






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このページは、scottが2008年3月 9日 10:54に書いたブログ記事です。

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